8. 脂腺母斑の遺伝子異常
2013.09.01
トピックス
高田 実(岡田整形外科・皮膚科)
脂腺母斑はありふれた母斑であり、成長と共にその病巣を母地として様々な皮膚腫瘍が発生します。脂腺母斑は何らかの体細胞遺伝子変異を有する表皮細胞のモザイク病変であることが示唆されていましたが、ごく最近、Groesserら1)は65例の脂腺母斑組織の62例にHRASの、残りの3例にKRASの点突然変異を検出し、さらにそれらの母斑に発生した8例の2次腫瘍にも同じHRASの変異を確認しました。これにより、脂腺母斑とそれに発生する皮膚腫瘍は癌遺伝子のRASを起点とするMAPKおよびPI3K/AKTシグナルの恒常的な活性化により生ずることが明らかになりました。
実は、脂腺母斑の遺伝子異常に関してはBCCの癌抑制遺伝子である PTCHの座位する9q22.3のLOHがあるという報告が1999年にありました2)。これは脂腺母斑に高率にBCCが生ずるという従来の定説にヒントを得て行われた研究でしたが、丁度この論文が出た頃、皮膚病理学の世界では脂腺母斑に発生する腫瘍の殆どは悪性腫瘍のBCCではなく、trichoblastomaをはじめとする良性腫瘍であるということが新しい定説となりつつありました。また、germ lineにPTCH遺伝子変異を有する母斑性基底細胞癌症候群の患者に脂腺母斑が発生しやすいという事実もありません。従って脂腺母斑の病因が癌抑制遺伝子PTCHの不活性化にあるというこの論文の結論には大いに疑問がありました。
そこで私たちは11例の脂腺母斑とそれに生じた様々な2次腫瘍を対象として、PTCH遺伝子の不活性化とそれにより生ずることが予想されるhedgehogシグナルの異常活性化が認められるか否かを検討してみました。その結果、Xinら2)の成績に反してPTCH遺伝子の不活性化もhedgehogシグナルの活性化も全く認められませんでした3)。この時点では脂腺母斑の病因遺伝子がRASであるというところまでは突きとめられませんでしたが、少なくとも「脂腺母斑の病因はPTCHの不活性化ではない」という私たちの結論が正しかったことが10年以上の歳月を経てGroesserらによって証明された訳です。
現在、様々な皮膚疾患の病理発生が分子レベル、遺伝子レベルで次々に明らかにされていますが、これらの最先端の研究においても形態学である皮膚病理学のしっかりとした裏付けが必要であると思います。 (2013年 9月アップ)
1. Groesser L, et al. Postzygotic HRAS and KRAS mutations cause nevus sebaceous and Schimmelpenning syndrome. Nat Genet 44: 783-7, 2012.
2. Xin H, et al. The sebaceous nevus: a nevus with deletions of the PTCH gene. Cancer Res 59: 1834-6, 1999.
3. Takata M, et al. No evidence of deregulated patched-hedgehog signaling pathway in trichoblastomas and other tumors arising within nevus sebaceous. J Invest Dermatol 117: 1666-70, 2001.