病理診断に必要な用語を解説した。顕微鏡を覗きながらHE染色標本を観察していると、同じ疾患であっても症例によって所見は異なる。同じ症例のなかでも、切片が違うと異なる像が観察される。病理像の定型像はあくまでも絵に描いた餅なのである。目の前にある断片的な所見から、背後の隠れた全体像を想像し、診断に有意義な所見に気づくことが大事である。しかし、それぞれの個人が経験する症例は限られ、たとえ特徴が現れていても所見の存在に気づかないことがある。また所見そのものの意味が不明で診断に困難を感じることも多い。観察の機会を増やし、病理診断に親しむうちに標本を観察することが楽しくなるものである。一助になればと用語をまとめてみた。

 病理所見のもつ意味を明確にするためには多くの基礎的な知識・研究が必要である。所見のもつ意味・定義を明確にするためには長い時間が必要なのである。20年ほど前、アミロイド苔癬でのアミロイド発生機序を電顕で観察し、表皮由来の細胞が、細線維変性をきたし、基底膜成分を巻き込んで真皮へと滴落する様を観察し、報告した( M. Kumakiri & K. Hashimoto: J Invest Dermatol、1979; 73: 150.M. Kumakiriet al:J Invest Dermatol、1983; 81: 153)。アミロイド苔癬に観察されるアミロイドの発症機序を推測すると同時に、日頃、標本内に高頻度に観察されるにもかかわらず話題となることが少ないため、不思議に思っていたシバット小体や、メラノファージなどの意味づけをアミロイド形成と絡めて説明することができた。

 標本内に出現する所見、観察できるほぼすべての事象を有機的に関連して説明することで、アミロイド症の病変の意味がわかり、また診断が容易となり、さらにボーエン病などの上皮性腫瘍にもアミロイドの沈着する理由を説明できるようになった。ただし、疑問点をまだまだたくさん残してしまった。角化細胞内の異常凝集線維の解明はできなかったし、表皮細胞の破壊のあとアミロイドが溜まらない症例のあるのはなぜかも説明できないでいる。しかし、アミロイドの有無だけがアミロイド症での重要な所見ではなく、発症機序に関連する様々な所見が存在すること、診断にはそれらの形成過程の所見にも気づくことが必要で、幅広い知識が必要であることを痛感した。

 類似構造に目をやれば、例えば、良性腫瘍と悪性腫瘍との鑑別に役立つ可能性があると主張されるカミノ小体がある。有名な用語ではあるが、先般、熊本で開催された悪性腫瘍学会の折(2004年5月)、診断に携わる方々がそれぞれカミノ小体に対して独自のイメージをもっていることが判明した。ある所見をカミノ小体であるとするか否かを判断するという根本的に重要なところで相反する意見が述べられた。このような状況では良性腫瘍と悪性腫瘍との鑑別にはとても応用できない。カミノ小体が原著として発表されてから時間が経つが今日なお成因を明らかにすることができないためと考えられる。同様に、本稿で解説する用語、言葉の多くは十分には研究されていないことを知って欲しい。定義が明確にされていないものが多く、診断に関する意味づけについても研究途上にある。皮膚病理組織学は完成された学問なのではなく、これからの研究を必要としていることを強調しておきたい

 日常の会話では、所見はそのまま英語表現で使うことが多い。たとえば線維肉腫の腫瘍細胞の配列はherring bone patternとよぶ。無理矢理に日本語にしてみようと、矢羽根構造がわかりやすいだろうかとか思って辞典をみると杉綾模様とか市松模様とある。しかし、市松模様は国語辞典では碁盤じまのようなものを指す。矢筈、杉綾といっても馴染みがない。辞典のままに日本語をあげておこうということになる。花むしろ状ということばもある。storiform patternの日本語であるが、日本中の至るところで博物館、むしろ屋を訪問し、花むしろを見て歩いたが、storiform patternを示すものには遭遇しなかった。落語に出てくる泥棒の背負う風呂敷に描かれた唐草模様という表現がピッタリなのだが、それではいけないのだろうか。言葉は生きているもの、その時代のある専門集団が納得して使用することができれば、それはそれで正しい使用法ということになるのだろう。わたしの感性ではこのような使用法がぴったりするという意味での用語辞典であることをお断りしたい。最後に、個人のレベルでは思い違いなども多々あると思われる。ご批判、ご批評を仰ぎたい。(平成16年7月7日)

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